井藤孝久さんの就農事例(H13年就農 新見市・トマト)を紹介します

コンビニ業界から農家に転身。移住・就農の大先輩に聞く、もうかる農業

 コンビニエンスチェーンで働いていた井藤孝久さんは、平成5年の記録的冷夏でお金があっても食べ物が買えないという現実に直面し、農業に興味を持ち、平成13年に新見市(旧哲多町)で就農。トマト農家として、今ではトマト部会の副部長を務めます。地方創生前夜。移住・就農の大先輩に農業と地域での生活の秘訣を聞きました。


お金があっても食べ物が買えない

井藤さんが育てた桃太郎トマト。現在は25aの規模で栽培している

 新見市哲多町のベテラン・トマト農家、井藤さんが農家を志したのは平成5年。


 「地方創生」という言葉もなければ、「移住ブーム」がおきるなんて誰も思っていない、むしろ田舎から東京へ人がどんどん流れた時代。井藤さんも大手コンビニエンスストアの社員として、奈良のスーパーバイザーを担当していた頃でした。


 その年は記録的な冷夏による米不足。大阪の実家から「大阪ではお米が買えないから、奈良の農家さんにお願いできないか。」という連絡がありました。そこで知り合いの農家さんに聞いたところ「世の中にはないけれど、うちに蓄えがあるから。」とお米を譲ってもらうことができました。

 そのときに感じた「サラリーマンをしてお金があっても、買うものがなければ生活はできない。」という危機感が、農家を志す最初のきっかけとなりました。


 その後、大阪に転勤。田舎から都会に戻った環境の変化、コンビニエンス業界の急成長と24時間営業する店舗への対応で身体を壊したことから農家になることを決断。就農に向けて動き出しました。


岡山県に絞った就農地探しで、出会った好条件

新規就農者も今はベテラン。トマト部会の副部会長として教える立場になった。

 農家になろうと決意した井藤さんですが、作物は特に決めてはいませんでした。「実家の大阪に近く、日帰りで行き来できる岡山県に絞りました。」と岡山県の説明会に積極的に参加し、自分でも岡山県内各地を回りました。

 ところが、岡山県の案内で地域を回ってもなかなか農地や住居が借りられません。まだ都会から地域への移住が珍しく、今ほど地域も新規就農希望者の受け入れ実績もなかった時代。その大変さは想像されます。


 そんな中、当時の町が新規就農者向けの住居と農地開発をセットにした事業を知ります。探しても探しても見つからなかった農地と家が好条件で手に入る。「絶対ここだ!」と井藤さんは制度を利用して農地を取得。トマト農家への第一歩を踏み出します。


「条件もなにもかも一番いい時期でした」


 金銭的な補助の他にも、補助事業を利用前には、受け入れ先の農家で1ヶ月間ホームステイをさせてもらいながら農業がどんなものか体験し、トマト栽培の技術も学ばせてもらうなど、手厚い支援がありました。


いきなり独立。見よう見まねでトマトづくり。
そしてもうかる農業の醍醐味

奥様の朝子さんと夫婦二人三脚

 驚きの好条件で旧哲多町で農家となった井藤さんですが、世の中おいしい話ばかりとは行きません。購入した農地の開拓が予定より大幅に遅れてしまったのです。「山を切り崩して開拓していたので、次の年にはできるだろうと思っていたものが、水の問題などでちょっとずつずれて、結果3年も経ってしまいました。」


 家は先に完成し、旧哲多町に移住したものの自分の農地は開墾中の井藤さん。自分の畑ができるまでは、引き続き受け入れ先の農家で研修の日々と思いきや、移住後すぐに独立することになります。

 

 「今は親方について技術を学んで独立というのが一般的ですが、当時は受け入れる地域の体制ができあがってなかった。」と井藤さん。就農前に1ヶ月ホームステイしたとは言えまだまだ初心者です。栽培はうまくいったのでしょうか?


 「農協のサポートやマニュアルをみてつくりました。あと畑を通りかかった先輩農家さんたちにその場で教えてもらいました」と何ごともなさげに話す井藤さん。とは言え、マニュアルや通りすがりのアドバイスだけではトマトを育てるのが難しかったはず。最初は収量も少なく苦労したと思いきや、「けっこうできましたよ。わからんままに。」とまたこともなげな答えが返ってきます。
 

 井藤さんは好条件を引き当てる運と同じくらい、農業のセンスがあったのでしょうか。

 そんな「けっこうできてしまう」井藤さんが一番苦労したのは、念願の自分の畑ができたとき。


 3年かけて開墾された畑ですが、山を削ってつくったため、土地がやせており初年度はまったく収穫できず、その後も試行錯誤が続きます。「ようやく落ち着いた」と思えるまでには5年の月日がたちました。井藤さんの最大の苦難でした。

 しかしながら「まぁなんとかなる」と、持ち前の前向きさで、5年をかけて農地の改善を進めた結果、その後の売上はぐんと上がりました。


 コンビニ業界とは、環境、働き方も真逆と思われる農業の世界に飛び込み、朝起きて夜眠る、あたりまえの人間らしい生活ができるようになった井藤さん。3人のお子さんも自然豊かな環境の中で育てることができてよかったと振り返ります。



 仕事としての農業の魅力を伺うと「やったらやった分だけ自分にかえってきてくれること。」と言います。「もうかるのはわかるので、どうしたらいいか毎年考えている。」その結果、収入はサラリーマン時代の倍以上!
 収入が上がればやる気も出るもの。農業は、自分の仕事、成果がそのまま収入にも結びつきます。もちろん、不作であれば収入も下がってしまいますが、それも含めて働いた実感を得られるのでしょう。


 農業をしていて一番うれしいことはという問いには、「市場の値動きを見て、上がったところにあてて出荷できたときがうれしい!」と今日一番の笑顔で話してくれました。


 「農業はもうからない」とよく言われますが、そんなことはないのだと、移住・就農の大先輩のユニークなサクセスストーリーを聞き、あらためて農業の可能性を感じました。


(TEXT:ココホレジャパン)

就農までのポイント

  • 岡山県新見市を就農地に選んだ理由
     就農を考え、大阪で開催された相談会に参加した際に、岡山県のブースで相談したことがきっかけ。岡山県は出身の大阪から近く、県内各産地をまわり、最終的に農地、住居確保が現実的であった新見市に決めた。
  • 農地の確保について
     当時の町の事業で農地開発を行っており、その農地を購入した。現在は25aの規模でトマトを栽培している。
  • 資金の確保について
     自己資金を中心に、農地やトラクターなど必要な機械を購入した。
  • 技術の習得について
     最初に借りたほ場に地域の方が頻繁に訪れてくれ、様々なアドバイスをもらった。あとは自分で調べたり、JAの営農指導員に質問したりする等して技術を習得した。
  • 相談相手は
     技術的な相談は受入指導農家の方によく相談した。

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